ビシュケク散策

ビシュケクの街並み

ビシュケクはキルギスタンがソ連から独立するまで、フルンゼという街であった。町並みはロシアの影響か、ヨーロッパ的な雰囲気もあり、公園も多く、ソ連時代「緑の街フルンゼ」と言われていたことも良くわかった。

天山山脈を越えればウイグル、隣のウズベキスタンは同じ旧ソ連の中央アジアの国でイスラムの雰囲気が満載しているのに、その間のキルギスはヨーロッパ的雰囲気があるのが不思議だった。

キルギスでの両替

両替所は街のいたるところにあるが、特にグム百貨店の西側のウーリツゥア・ユスバ・アブロラフラノバstreetには密集していた。レートはどこもほぼ同じだった。キルギスの両替はミャンマーに似ていて、売りと買いの値段差がほとんどなく、手数料も不要。さらにドルは折り目があったりするとレートが悪くなるのはそっくりだった。(ミャンマーのように新札じゃないと両替しないということはなかったけど)

また、ATMでのキャッシングでは、キルギスCymだけではなく、ドルも引き出せる。。中央アジアの両替はドルが基本なので、周辺国に行く際にドルを調達することもできる。ただ、日本円を両替できる両替屋はほとんどないし、隣のウズベキスタンCYMのレートが表示されている両替屋もほとんどなかった。バスで行く場合はバス停やバスの中でキルギスCymからウズベキスタンCymに両替ができた。
キルギスのATMはとても便利。ウズベキスタンは結構ATMがあっても使えないマシーンがあったが、ビシュケクはそういったのはなかったし、驚いたのはドルも引き出せる点。中央アジアの両替はドルが基本なので、周辺国に行く際にドルを調達することもできる。

久しぶりのお酒

ビシュケクはヨーロッパの雰囲気があるだけではなく、ビアホールやオープンテラスのビールが飲めるカフェまであった。これはソ連時代の名残で、ソ連領の中央アジアはイスラム教徒が主であるものの、飲酒に関しておおらかなようだ。ちなみにサマルカンドはイスラムの雰囲気が強いものの、お酒が飲める店も多かった。
ナルインでは全く飲めなかったし、トルガルト峠越えのストレスも若干残っていたという言い訳もあり、ビシュケク到着日はすぐに、ドイツビアホールに向かった。

写真のビアホールはおしゃれな感じでビールもソーセージも本格的で、しかも安価(ビール3杯とソーセージで1000円ぐらい)だったが、お客は僕と韓国(もしかしたら北朝鮮)人の2組だけであった。なんかもったいないけど、やっぱりイスラム教徒のキルギスの人には無茶なのかも知れない。

ちなみに、オープンテラスのカフェではロシアのビールを写真のような感じに、おしゃれな雰囲気で飲めたが、

ロシアのビールを写真のような感じに、おしゃれな雰囲気で飲めたが、多くの飲食店はやっぱりキルギスだった。↓

ただ、ロシアの影響で美味しいボルシチも食べられるのも良かった

ビシュケクの日本食(ふるさと)

日本食を食べたい気持ちは全くなかったが、こんな僻地で頑張っている日本人に興味があったので、最終日にタシケント行きのバスに乗る前に行ってみた。

オーナーはビシュケク在住17年(うろ覚えだけど、10年越えている)の日本人で、感じの良いおじさん。ミャンマーにもふるさとって日本食やがあったけど、ミャンマーと大きく違うのは、ミャンマーには日本食屋さんが何十もあるけど、ここは中央アジア唯一ということ。是非とも在キル日本人を楽しませてあげてほしい。

映画鑑賞

ビシュケクは東西2,3km南北2kmぐらいが地球の歩き方の地図に載っていただけなので、その範囲であれば頑張れば歩いて周れそう。徒歩以外ではトロリーバスとバスがあるので行き先が分かればとても便利。料金も20円しないぐらいだった。バスルートは2GISというロシア?のアプリをスマフォにインストールして地図をダウンロードしておけばオフラインでも見れるのでとても便利だった。
実は街の散策は2日で十分で、することがなくなってしまったので、映画を観ることにした。通りがかった映画館でジョーカーをやってたからってい理由が大きいけど。まあ、英語で聞いても何となくわかるレベルだけど、値段も200円ぐらいだったのでちょうどいいと思った。


ただ、なんとロシア語吹き替えで全く分からず(-_-;)

街の様子は詳しく書くと長くなるので簡単に写真だけを。
一番下はヨーロッパっぽいと言ったが、イスラム的な雰囲気のオシュバザール。

ビシュケクの目的はタシケント行きのチケットを買うことだったが、なんか自由でそれなりに便利でゴチャゴチャしていなかったので、結構気に入ったので、しばらく滞在したかかったけど、予定通り3泊だけして、タシケントに向かうことにした。

タシケント行きバス

ようやくビシュケクに戻る

平成最後のシルクロード紀行(キルギス編)に戻る